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座力の教科書 姿勢 お知らせ

座力の教科書 Vol.2/30 なぜ現代人は、うまく座れなくなったのか?

椅子は進化したのに、私たちの座り方は退化している

前回の記事では、人生を支える「座る力」を、私は「座力」と呼んでいることをお話ししました。

座力とは、単に長時間座り続ける忍耐力ではありません。坐骨で身体を支え、骨盤と背骨の自然な位置を保ちながら、必要に応じて姿勢を変えたり座り直したりする力です。

また、筋力や柔軟性だけでなく、目の前のことに向かう集中力、意欲、適度な緊張感といった心の状態も、座力に深く関係しています。

では、なぜ現代人は、うまく座れなくなってしまったのでしょうか。

椅子は進化したのに、座ることによる不調は減っていない

現代の椅子は、昔の椅子と比べて格段に進歩しています。

柔らかいクッションが使われ、背もたれは身体の形に合わせてつくられています。座面の高さ、背もたれの角度、肘掛けの位置なども、細かく調整できるようになりました。

人間工学に基づいた高機能なオフィスチェアも数多く販売されています。それにもかかわらず、

「座っていると腰が痛くなる」
「肩や首がこる」
「お尻がしびれる」
「仕事に集中できない」

という人は、後を絶ちません。

椅子は進化しているのに、なぜ座ることによる不調は減らないのでしょうか。その理由の一つは、私たちが椅子に身体を支えてもらうことに慣れすぎて、自分の身体で座る力を使わなくなっていることにあります。

昔の子どもたちは、決して良い椅子に座っていたわけではない

明治から昭和初期に撮影された教室の写真を見ると、興味深いことに気づきます。

【昔の教室写真】

当時の椅子は木製で、座面は硬く、背もたれも簡素なものでした。体格に合わせて座面の高さや角度を調整することもできません。現代の基準で考えれば、決して座り心地の良い椅子ではなかったはずです。

それでも、写真に写る多くの子どもたちは、椅子の中に身体を沈み込ませることなく、上体を起こして授業を受けています。もちろん、残存している写真だけを見て、当時のすべての子どもたちが正しく座れていたと断定することはできません。また、厳しい規律のもとで、緊張して姿勢を保っていた面もあったでしょう。

 

私が小中学校生の頃は、先生たちのことを怖がっていた時代でした。朝礼や式典のときは身体や頭を少しでも動かしたりすると、怒鳴られたりひっぱたかれたりしたものです。今だったら、すぐに大問題になっているはずです。

当時は、いきなり頭を叩かれて腹が立ちましたが、その一方で、「締めるときは締める」「きちんとする」という感覚と持続力を、はからずも養えたのかもしれません。

多くの理不尽や不条理さを甘んじて受け入れていましたが、こそのお陰で社会に出てからは、多少の事があっても動じない鈍感さとタフさが身につきました。

苦い薬ほど、ずっと後になって効いてくるものです。

今の子供たちには、厳しく指導されて緊張するような環境が滅多にないので、メリハリを姿勢を正して維持するための訓練が不足しているはずです。

現代のような高機能な椅子がなくても、昔は自分の意識と緊張感で良い姿勢を維持していられたのです。

「支えてもらう身体」になっている

私たちは、疲れるとすぐに背もたれへ寄りかかります。ソファでは身体を深く沈み込ませ、車ではシートに身体を預け、電車では背中を丸めて座ります。背もたれを使うこと自体が悪いわけではありません。疲れた身体を休ませるために、椅子に支えてもらう時間も必要です。

しかし、座っている間、常に背もたれへ身体を預け続けていると、自分で骨盤や上半身を支える機会がなくなります。

脳は使われることで、その機能を保ちます。反対に、使わない機能は少しずつ消去していきます。椅子に身体を預けることが習慣になれば、自分で座る感覚も薄れていくのです。

スマートフォンとパソコンが、身体を前へ引っ張る

現代人の座り方に大きな影響を与えているのが、スマートフォンやパソコンです。画面を見るとき、私たちの意識は身体から離れ、目の前の情報へ吸い寄せられます。視線が下がると、あごが前へ出ます。

あごが前に出て頭が前へ移動すると、その重さにつられて背中が丸まり、骨盤は重心バランスを補うために後ろへ倒れていきます。その結果、坐骨ではなく、仙骨や尾骨に近い部分で座るようになります。

この姿勢では、腰、背中、首、肩の筋肉や靭帯、椎間板といった組織に、持続的に大きな負担がかかることになります。さらに、画面に集中していると、自分の姿勢が崩れていることにも気づきにくくなります。気がついたときには、同じ姿勢を何十分、何時間も続けていたということが起こります。

問題はスマートフォンやパソコンそのものではありません。画面を見ることに集中するあまり、自分の身体の状態を感じなくなっていることが問題なのです。

私たちは、座り方を教わっていない

現代人がうまく座れない最大の理由は、そもそも座り方を教わっていないことです。

子どもの頃に、「背筋を伸ばしなさい」「姿勢を良くしなさい」と言われた経験がある人は多いでしょう。

しかし、どこで身体を支えるのか。坐骨とはどこにあるのか。骨盤を立てるとはどういうことか。足をどこに置けばよいのか。どうやって崩して良いのか、疲れたときにどう座り直せばよいのか。

そこまで具体的に教わった人は、ほとんどいないはずです。私たちは、箸の持ち方や文字の書き方、自転車の乗り方は教わります。

ところが、毎日何時間も繰り返す「座り方」については、誰にも教わらないまま大人になります。これでは、うまく座れなくても不思議ではありません。

現代人の身体が弱くなっただけではない

現代人は、昔の人より身体が弱くなったと言われることがあります。

しかし、私は筋力が低下しただけではないと考えています。大きな問題は、自分の身体をどこで支えているかを感じる力が低下していることです。

骨盤が後ろへ倒れている。

左右どちらかに体重が偏っている。

頭が前へ出ている。

片方の足だけに力が入っている。

片脚だけ組んでいる。

こうした状態になっていても、本人はそれに気づいていないことが少なくありません。座力の低下とは、単なる筋力低下ではありません。身体を支える力、関節を動かす力、姿勢の変化に気づく力、適切な位置へ戻る力が、総合的に低下している状態なのです。

座力は、大人になっても育てることができる

便利な生活を手放し、昔の暮らしへ戻る必要はありません。現代の生活を続けながらでも、座力は育て直すことができます。

まず必要なのは、自分が今、どこで座っているかに気づくことです。左右の坐骨に体重が乗っているでしょうか。骨盤が後ろへ倒れ、尾骨側に体重が移っていないか。両足の踵は床に触れているか。頭は骨盤よりも大きく前へ出ていないでしょうか。同じ姿勢を長時間続けていないでしょうか。

最初から完璧な姿勢を保つ必要はありません。崩れたことに気づき、座り直す。疲れたら姿勢を変え、休んだらもう一度戻る。この小さな繰り返しが、失われた座力を取り戻す訓練になります。

良い椅子は、座力を助ける道具

椅子選びも大切です。

しかし、高性能な椅子が自動的に良い姿勢をつくってくれるわけではありませんどれほど高価な椅子でも、自分の身体に合っていなければ、骨盤は安定しません。

反対に、比較的簡素な椅子でも、座面の高さや座る位置を調整し、坐骨で身体を支えることができれば、楽に座れる場合があります。良い椅子とは、身体の代わりにすべてを支えてくれるものではありません。

いい加減に座れば、それが自分に丸ごと還ってくるのです。

「椅子に座らせてもらう」のではなく、「椅子を使って自分で座る」。

この違いを理解することが、椅子選びの第一歩になります。

現代人がうまく座れなくなったのは、本人の努力や根性が足りないからではありません。身体を使う機会が減り、椅子に支えてもらうことが増え、画面へ意識を奪われ、座り方を教わる機会もなかったからです。

だからこそ、座り方は学び直すことができます。椅子に身体を預けるだけの座り方から、自分の身体で座るという感覚へ。その小さな変化が、これからの人生を支える大きな力になるのです。

次回は、「骨で座る」とはどういうことなのか、座るときの土台となる坐骨と骨盤の仕組みから詳しくお話しします。