椅子は、なぜこの形になったのか?
私たちは毎日、当たり前のように椅子に座っています。
しかし、考えてみると不思議です。
なぜ椅子の座面は平らなのでしょうか。
そして、なぜ背もたれがあるのでしょうか。
「椅子とはそういうものだから」
おそらく、多くの人はそう答えるでしょう。
しかし、私たちが一日のうち何時間も身体を預けている道具です。
その形が、本当に人間の身体にとって理想的なのか。
今回は少し時間を遡って、椅子の歴史から考えてみたいと思います。
椅子の歴史は、5000年近く前まで遡る
古代エジプトでは、紀元前3000年紀にはすでに椅子や腰掛けが使われていました。
そして、当時の椅子を見ると驚かされます。
【画像① 古代エジプトの椅子】

平らな座面。
4本の脚。
そして背もたれ。
細かな意匠や素材は違っても、基本構造は現代の椅子とそれほど変わりません。
約5000年前に、すでに現在につながる椅子の基本形が存在していたのです。
ここで、一つ考えてみたいことがあります。
この椅子は、本当に人間の身体を最も合理的に支える形として生まれたのでしょうか。
それとも、その時代の生活様式や文化、社会的な意味の中で、この形が定着していったのでしょうか。
実は、古代の椅子を見ていくと、後者の側面が非常に興味深く見えてきます。
椅子は「座る道具」であると同時に「権威の象徴」だった
古代エジプトにおける豪華な椅子は、単なる「座るための道具」ではありませんでした。
王や高位の人物が座る椅子には、その人物の権威や身分を示す役割もありました。
その象徴ともいえるのが、ツタンカーメン王の玉座です。
【画像② ツタンカーメン王の玉座】

黄金で装飾されたこの椅子を見ると、椅子が単なる座具ではなく、権威を可視化する装置でもあったことがよくわかります。
つまり、椅子の歴史を考えるとき、
「どうすれば人間が身体的に正しく座れるのか」
という視点だけで、その形が決まってきたわけではないということです。
誰がそこに座るのか。
その人物が、どのような立場にあるのか。
椅子には、そうした社会的な意味も与えられてきました。
なぜ組織のトップを「Chairman」と呼ぶのか
ここで面白いのが、英語の**「chair」**という言葉です。
「chair」はもちろん「椅子」を意味しますが、同時に、会議を取り仕切る人物や組織の長を表す言葉としても使われます。
Chairman、つまり「議長」「会長」です。
日本で「チェアマン」という言葉を広く知らしめた人物の一人が、Jリーグ初代チェアマンの川淵三郎氏でしょう。
1991年に初代チェアマンに就任し、1993年にJリーグが開幕すると、「チェアマン」という呼称も日本社会に広く知られるようになりました。
考えてみれば、非常に象徴的な言葉です。
誰が、その椅子に座るのか。
重要な人物が座る場所。
組織を統率する人物が座る場所。
椅子は古くから、単に身体を休ませるための道具ではなく、その人の地位や権威を象徴する存在でもあったのです。
「立派な人には、立派な椅子」
この感覚は、現代にも残っています。
社長室や役員室を想像してみてください。
大きなデスクの向こう側に、小さな丸椅子が置かれていることはまずありません。
大きな背もたれ。
立派な肘掛け。
厚いクッション。
重厚なデザイン。
その椅子に座っているだけで、その人物まで立派に見える。
私たちは無意識のうちに、
「立派な人物は、立派な椅子に座る」
という価値観を、何千年にもわたって受け継いできたのかもしれません。
そして現代では、そこにもう一つの価値が加わりました。
「高機能であること」です。
高級なオフィスチェアには、さまざまな機能が搭載されています。
大きな背もたれ。
肘掛け。
ヘッドレスト。
ランバーサポート。
リクライニング。
数十万円するエルゴノミクスチェアも珍しくありません。

機能が増えれば増えるほど、高性能に見える。
そして、高価になればなるほど、
「きっと身体にも良いのだろう」
と私たちは考えます。
しかし、身体を研究してきた私は、ここで一つの疑問を感じます。
「立派な椅子」と「身体にとって良い椅子」は、本当に同じなのか?
約5000年前、椅子はすでに権威を象徴する道具でもありました。
そして現代でも、高価で、大きく、機能が多く、重厚な椅子ほど「良い椅子」であるかのように扱われています。
しかし、
椅子として立派であることと、人間の身体にとって合理的であることは、まったく別の問題です。
私たちは、
「椅子とは、こういうものだ」
という5000年近く続く常識を、ほとんど疑うことなく受け入れてきたのではないでしょうか。
平らな座面。
背もたれ。
肘掛け。
そして、身体を支えるために次々と追加されてきた機能。
では、その機能が増えれば増えるほど、本当に人間は正しく座れるようになったのでしょうか。
それとも――
人間が自分で座らなくてもいいように、椅子の方が進化してしまったのでしょうか。
私は、この問いこそが重要だと思っています。
「身体に良い椅子」を考えるのであれば、価格や機能の数を見る前に、
そもそも人間は、どう座るべきなのか。
そこから考え直す必要があるのではないでしょうか。
次回は、椅子の歴史から身体の話へ移ります。
次回【座力の教科書 第7話】
楽に座れる椅子ほど、本当に身体にいいのか?
「楽に座れる」と「正しく座れる」は同じではない。
私たちは子どもの頃から毎日のように椅子に座ってきました。
ところが、
「どう座ればいいのか」を、きちんと教わった記憶はあるでしょうか。
背もたれや肘掛けに身体を預け続けることで、骨盤と背骨には何が起きるのか。
そして、姿勢が崩れていることに気づき、自分で修正する能力――
私が**「座力」**と呼んでいるものについて、次回お話しします。
