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【座力の教科書 第7話】子どもたちは、なぜ今もこの椅子に座らされているのか?

前回は、約5000年前の古代エジプトまで遡り、椅子の歴史について考えました。

当時の椅子には、すでに平らな座面と背もたれがありました。

それから長い年月を経た現代でも、私たちは平らな座面に座ることをごく当たり前の習慣として受け入れています。

しかし、長い間使われてきたものが、必ずしも人間の身体にとって理想的であるとは限りません。

そのことを最も身近に感じる場所があります。

学校の教室です。

あの頃の椅子が、今も教室にある

私自身、小学生の頃に使っていた木製の椅子をよく覚えています。

背もたれはほぼ直立し、座面は真っ平ら。そのうえ硬い。

とにかく座りにくかった。

当時は「防災頭巾」という名のクッションのおかげで、まだ救われていたように思います。

ところが、現在販売されている学校用の机と椅子を見ても、その基本構造は大きく変わっていません。

平らな座面に、背もたれ。

もちろん、安全性や耐久性、体格に合わせたサイズなどには改良が重ねられてきたのでしょう。

しかし、私はどうしても疑問に思うのです。

これほど医学や人間工学が発達した現代において、なぜ成長期の子どもたちが、今もこのような形状の椅子に何時間も座り続けているのでしょうか。

正直に言えば、この現状に憤りすら覚えます。

「ちゃんと座りなさい」の前に、教えるべきことがある

子どもたちは毎日、学校で何時間も椅子に座っています。

国語も算数も理科も社会も、座って学びます。

しかし、考えてみてください。

私たちは子どもの頃、正しい座り方を教わったことがあるでしょうか。

「背筋を伸ばしなさい」

「姿勢を良くしなさい」

「ちゃんと座りなさい」

そう注意された経験はあっても、骨盤をどの位置に置き、骨や関節をどのように使えば、重力に対して効率よく身体を支えられるのか。

そこまで教わった方は、ほとんどいないのではないでしょうか。

歩き方や走り方は、体育の授業で学ぶ機会があります。

しかし、日常生活で長い時間を費やす「座る」という動作については、十分に学ぶ機会がありません。

私たちは、座るための道具を与えられても、座るための技術を学ばないまま大人になっているのです。

私が考える「座力」とは何か

私は長年、さまざまな身体の問題を抱える方々と向き合ってきました。

その中で強く感じるのは、姿勢を整えるために必要なのは、単に「背筋を伸ばす努力」ではないということです。

人間の姿勢は、常に変化しています。

疲れれば崩れる。

集中すれば前のめりになる。

身体を動かせば、骨盤や背骨の位置も変わります。

ですから、正しい姿勢を一度つくり、そのまま固めておくことが良い姿勢だとは考えていません。

大切なのは、姿勢が崩れていることに自分で気づき、それを自分で修正できること。

そして、重力に対して骨や関節を適切に使い、効率よく自分の身体を支えられることです。

私は、この能力を**「座力」**と呼んでいます。

座力とは、単に長時間、背筋を伸ばして座り続ける能力ではありません。

自分の姿勢を感じ取り、崩れたら修正し、必要に応じて身体を動かせる能力なのです。

5000年近く続く「当たり前」が、身体の可能性を見えなくしている

古代エジプトの椅子にも、すでに平らな座面がありました。

そして現代でも、オフィスチェア、ダイニングチェア、学校の椅子など、多くの椅子が平らな座面を基本としています。

私たちはあまりにもその形に慣れてしまい、座面が平らであること自体に疑問を抱かなくなっています。

しかし、慣れていることと、身体にとって合理的であることは、必ずしも同じではありません。

例えば、普段とは異なる形状の座面に跨いでみる。

すると、骨盤の位置や上半身のバランスが変わり、いつもとは違う身体の感覚に気づくことがあります。

それまで椅子に預けていた身体を、自分で支えようとする。

無意識に骨盤の位置を探し、背骨を起こし、身体の中心を感じ取ろうとする。

まるで、眠っていた身体が目を覚ますような感覚です。

私は、こうした変化に、姿勢制御を担う脳や神経系の働きが関わっていると考えています。

座面の形状が変われば、身体から脳へ伝わる感覚情報や、姿勢を調整するための運動の仕方も変わり得ます。

もちろん、座面を変えるだけで神経系が特別に活性化することが証明されているわけではありません。

しかし、私はこの「身体が自らバランスを探そうとする感覚」に、大きな可能性を感じています。

身体を支えてもらう座り方から、自分の身体を感じながら座ることへ。

椅子づくりには、こうした発想も必要ではないでしょうか。

「楽に座れる」と「正しく座れる」は同じではない

現代の椅子には、身体を支えるための機能が数多く備わっています。

背もたれ、肘掛け、ヘッドレスト、ランバーサポート。

確かに、身体を預ければ楽に感じることがあります。

しかし、「楽に座れること」と「正しく座れること」は、必ずしも同じではありません。

背もたれに深く寄りかかれば、骨盤が後ろへ傾き、背中が丸くなった状態でも座り続けることができます。

もちろん、背もたれを使うこと自体が悪いわけではありません。休息するときには、身体を預けることも必要です。

問題は、姿勢が崩れていることに気づかないまま、その状態を長く続けてしまうことです。

身体を支えてくれる椅子が増える一方で、私たちは、自分の身体をどう支えるかについて、十分に学んできたでしょうか。

私はここに、大きな疑問を感じています。

子どもたちの椅子を、根本から考え直す時期ではないか

私は、学校の椅子の座面を、サドルのように跨いで座る形状へ変えたらどうなるのか、ぜひ検証してみたいと思っています。

跨いで座ることで、骨盤の位置や身体のバランスの取り方は変わります。

骨盤を安定させやすくなり、自分の身体でバランスを取る感覚が育つ可能性もあります。

その結果、身体の負担や疲労感、授業中の集中力にどのような変化が生まれるのでしょうか。

もちろん、サドル型の座面に変えるだけで、すべての子どもの姿勢や集中力が改善するとは断言できません。

だからこそ、子どもたちの身体に合った寸法や形状、安全性も含めて、きちんと検証する価値があると考えています。

これほど医科学が発達した時代です。

教科書も、授業の方法も、学習に使う道具も変化してきました。

それなのに、子どもたちの身体を毎日何時間も預かる椅子については、なぜもっと根本的な見直しが行われないのでしょうか。

私は、椅子の役割を、身体を支えることだけに限定するべきではないと思っています。

子どもたちが、自分の身体を支える能力を育めること。

そんな視点が、これからの学習環境には必要ではないでしょうか。

そして最後に、どうしてもお伝えしたいことがあります。

子どもたちに「ちゃんと座りなさい」と言う前に、私たち大人が「ちゃんと座れる椅子」を用意するべきではないでしょうか。


次回【座力の教科書 第8話】

なぜ、椅子の座面は平らなのか?

丸みを帯びたお尻の内側には、複雑な立体構造を持つ骨盤があります。

それなのに、世界中の多くの椅子は平らな座面を基本としています。

なぜ、身体の形に合わせて座面をつくらないのでしょうか。

次回は、自転車のサドルや乗馬の鞍をヒントに、椅子づくりの根本的な疑問について考えます。